2006〜2007年度 第46回(通算2983回) 例会報告 |
作成日:2007.6.25 |
会長 青田 敏治 幹事 西村 智久 広報・会報委員長 木下 正明 |
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会長 青田 敏治
皆さんこんにちは。今週月曜日に山谷さんと宮本さんの送別会を20人程出席して行いました。写真があるのですけれども、皆さん本当に良い顔をしているのです。ニコニコ、全員がニコニコしていて、本当に珍しいです。こんなにニコニコしているのは。誰か1人くらいむすっとした人がいるはずなのですけれども、大変良かったと思います。それと先週、最後の会長、幹事会という事で、阿寒湖畔に1泊して来ました。皆さんお集まりになりまして、さすがにもう終わるという事でニコニコしていましたけれども、1年間それぞれに苦労をしながらようやく終わるのだという話しを皆で色々してきました。私自身もいよいよ最後になりましたけれども、最後のゴルフのスイングの様にフィニッシュはきちんと、ここで止めたいと、途中で止めないでフィニッシュを綺麗に決めて最後にしたいという事で会長挨拶を終わります。
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「一年を振り返って」−会長・副会長・幹事・副幹事−
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会長 青田 敏治
それでは1年を振り返ってという事で短めにお話ししたいと思います。次年度、木下幹事が2〜3ヶ月前から例会場で汗を拭き拭き動き回っているのを見ますと、もうそろそろ交代だ、変わるのだという思いでいました。昨日、少しクラブのホームページを見ていましたら、会長交代時のキャンドルーパーティーの時に、石田前年度会長からバッジを、大久保さんから頂いたバッジ、これを付けて貰って、私はその時に例会の時は必ず付けますという事を言ったのです。もう記憶が無いのですけれども、きちんと書いてある。やはり周年行事や訪問例会には付けて行ったのですけれども、例会の時にはどうしても付けられないのです。それは次年度の白幡会長が考えて付けるなり何なりすれば良いのではと思いますけれども、その様な事をしているうちに大久保さんにばったり会いまして、元気ですかと言いましたら、あまり良くないという様な事をでした。何か鬱気味だと言っておられましたけれども、その様な話しをしながら大久保さんにもご苦労様という事を言われたところです。
年度初めに会長方針というのを私は立てましたけれども、実際に3つ程立ててどの程度出来たかというのは、自分では判断出来ないと思うのです。70周年は皆さんのお陰で出来ましたし、ロータリーを楽しもうと言うのも楽しんだつもりです。ただ、ロータリーの思想どうこうというのは難しすぎて、自分でなかなか分からない。ただ、その中で人の為に汗をかこうという、率先して行動しようというのが書いてあるのですけれども、ここのところは自分でも、汗をかきながら色々な事をお手伝いした事や何かをしたという事が、ある様な気もしますし、無い様な気もしますし、この辺が五分五分くらいかという、ですから全体として会長基本方針もまずまずだったというところで、自分自身で判断したいと思います。それと小野ガバナーとは偶々年も近いのですけれども、考え方が好きなのです。ロータリーに対する考え方が。きちんとしていますし、素晴らしい人だと思って、色々お話しをする機会もありましたけれども、本当に中々骨のある方だと思いました。それから続いて70周年の時は、これはもう下期の時に話しをしましたし、本当に皆さん、吉田実行委員長を始め、皆さんには大変御苦労を掛けて成功裏に終わったという事で良かったと思います。その後、会長の1番の仕事と言いますか、次々年度の会長選びという事では、これは本当に大変な思いをしました。今までの会長さんもおそらくそうだろうと思いますけれども、これを川合さんが引き受けてくれましたので、私1人ではとても無理ですので、吉田潤二くんと一緒に1時間、2時間と粘りながらようやく首を縦に振って貰ったという、これは前にも言いましたけれども、本当に何か方法を考えないと、会長になったら大変な目に遭うのではないかという思いをしています。あと大きい出来事と言いますと、例会場がパシフィックからキャッスルに変わった、それに合わせて事務局も三ツ輪ビルの方に移って、これは本当にクラブにとっては大きい出来事だったと思います。事務局に初めて神棚をつけまして、鳥取神社の木下宮司に魂入れをしてもらいました。私も毎月月初めには手を合わせてきましたけれども、この後は大山さんが引き続き私がしますという事を言ってくれていますので、皆さん方の健康と商売繁盛を大山さんによくよく頼んで置いた方がいいのではないかと思います。あとはそれぞれの委員会、特に非常に会員の出入りが多かったという事で、矢澤会員増強委員長には本当に御苦労を掛けたのではないかと思います。さすがに顔の広さ、そして人脈の多さという事で、これは会員増強に本当に助かっています。だてに夜な夜な末広に出ているのでは無いと、本当に実感しましたけれども、後は今日は梁瀬くんがいませんけれども、国際交流のシュリース・カーンさん、いよいよ来月の10日にお帰りになりますけれども、この辺も梁瀬委員長には大変御苦労を掛けたという様に思います。もう1人受け入れましたチョウ・イコウさん、教育大学の大学院に行っていましたけれども、この方は、山口さんは本当に前も話しをしましたけれども、足が不自由にもかかわらず、公住の5階に住んでいるという事で、エレベーターの無い5階ですから、大変な思いだったという様に思います。また親睦委員会の方には色々な企画をしていただきましたし、また夜遊会は2回するという会長のわがままを最後の最後に聞いて頂きまして、本当にありがとうございました。この様な事から1年が終わる訳ですけれども、稲澤副会長には忙しくてなかなか出席出来ないという様な事を分かっていて、それでも副会長をお願いしますという事で1年間、頑張ってして頂きましたし、西村幹事に付きましては、私は会長に決まった時点で西村くんに幹事をお願いしたいという様に決めておりました。なるほど1年間見てみますと、本当に優秀な幹事だったという事ですし、特に長距離、行きましたから、稚内、紋別、もう本当に若い方で良かったと。運転を全てして頂きまして、本当にその点でも素晴らしい幹事だったと思います。また理事、各委員長、それから副幹事も含めて1年間大変お世話になりました。あと来週キャンドルがありますけれども、思いっきりそこで楽しく、1年を締めたいと思います。本当に1年間、ありがとうございました。
副会長 稲澤 優
副会長という名前をもらった稲澤ですが、司会の進行等を見ても分かる様に、間違って人の名前をアナウンスしたりして、大変ご迷惑を掛けた方もいらっしゃると思いますが、お詫び致します。振り返って見ますと、今、青田会長さん、この方は非常に健康で、あまり力まないで対人関係をこなしていくという持って生まれた才能のある人で、健康なものですから、副会長は会長を補佐するという事で、万が一この方が病気だった場合はこれは理由無く私は何とかしなきゃならないと思っていたのですけれども、まったくその様な事が1度も無い、あらゆる行事その他で2〜3回程出張先から「稲澤さん、もしかしたら今日飛行機がこうだから例会に間に合わないのでスピーチ頼む」という事で、然るべくスピーチを用意していても、ちゃんと実は間に合ったと言って、まあ1回くらいあったかどうか知れませんが、その程度で、副会長は会長を補佐すると言っても補佐する隙間が無い程、一生懸命この会をこなしていた、そして幹事の西村さん、柴田さん、中村さんを始め多くの人、人心を繰り返して無理なくロータリーを楽しもう、親睦を深めようというモットーに沿って彼が一生懸命にしている姿を横でまざまざと見させて貰いました。全く幻の副会長に近い存在でしたが、本当に1年間お世話になりました。どうもありがとうございます。
幹事 西村 智久
最後に私の方から振り替えさせて頂きます。まず事務的な報告をさせて頂きます。今年度新入会員、矢澤委員長のお陰で12名、新入会員が入っております。そのうち5名は俗に言う転勤関係で入れ替わりでしたが、純増というものが7名おりました。しかしながら色々ございまして、最終的に96名から96名という事で増減ございません。会員数はその様なところでございます。会計報告を一昨日の最終理事会に於いて、武藤会計から頂きました。お陰様で無駄遣いも無く、しっかりした金額を次年度に残せるという事で、武藤会計の方から残り少なくなって、「もっと使え、もっと使え」と逆に励まされましたが、もっと使う機会はあまり無いと思います。
早速、振り替えさせて頂きますと会長と話しはかなりダブりますので、その辺はご容赦頂きたいと思います。
もう1つだけ、理事会は予定した会議が8回、通常で12回、計20回行っております。
青田年度は4月22日、昨年度のPETS地区協議会という事で紋別の地で行われた時から実質始まっております。7月は半ばまで毎日ロータリーでした。8月くらいまでは見事にロータリー、ロータリーで、年間何回出たのでしょうか。しかし会長が全ての事業に例会を含めまして欠席が無かったというのは、多分釧路ロータリーの歴史上初めてではないのかという様に勝手に思っておりますが、たいしたものだという様に本当に僕からも思います。会長にとって今年は会長もありますし、もちろん70周年もございました。また、ご自分のご子息がお二人ともこの会長の年度中にご結婚なさっているという事で、しかも初孫がこの会長の時に生まれているという事でありますので、1年の中で、一生の中で今年がピークだと思いますので、来年からは間違いなく徐々に徐々に衰退していくものだという様に思います。もう本当に忘れられない1年になった事とお喜び申し上げるところであります。先程、会長もおっしゃっていましたが、紋別には3回、しかも稚内に会長が行くぞという事で行ってきましたし、もちろん弟子屈の50周年や色々ございまして、全て私の車で私の運転で、気持ち昼飯をおごって貰ったくらいで大変な思いを致しました。後は話したい事は、先程会長の方から、小野ガバナーとの親密さをおっしゃっていました。ガバナー公式訪問例会の2次会からですか、会長と小野ガバナーが2人きりでお話しする場面が出来て、固い友情で結ばれたという事でありました。どこに行ってもまずは握手してという形で、本当に固いものがあると思っていたのですが、稚内の50周年、小野ガバナーとご夫婦と会ったのですが、いい加減に酔っぱらった後、小野ガバナーご夫妻がホテルの部屋で休んでいるところにガバナーに電話して、一緒に飲むという約束をしたと呼びつけてホテルのロビーで飲んで、僕もやはり2人きりにさせるべきだなという形で、先に帰って来ますと会長は大酔っぱらいで、大分ガバナーに文句を言ったらしく、本人は全然覚えていないのですが、金はどうしたのか分からないですし、何かもうお前とはどうのこうのとケンカ別れした様な情況まで絡んだらしいのですが、その後弟子屈で和解しておりましたので、報告致します。本当に前回も皆様方には色々お世話になりましたし、青田会長を後ろから見ていくと本当になかなかの強者だといいますか、カリスマ性を持った、なかなか面白い青田会長に1年間奉仕させて頂いて、私も勉強する面が多々ございました。少し幹事職を離れるのは歴代の幹事さんが言っておられますが寂しい面もありますが、機会があればまた誰か何かで拾って頂きたいと思います。最後に大山さん、大変お世話になりましてありがとうございます。以上で報告を終わります。
副幹事 柴田 護
こんにちは、柴田です。もうそろそろ終わるのかと思っていたのですけれども、副幹事という事で全く知らない私がご指名頂き、1年間させて頂きました。何を言われるのかさっぱり分からない状態で、色々とご指導を受けながら1年を過ごして参りました。思い出に残ると言えば、その先程もありました通り紋別に行き、特にその夜の設定をさせて頂き、皆さんに喜んで頂いたのが良かったという様に思っております。あと毎週の例会で1番苦労したのは、後半は中村さんにお任せしていたのですけれども、中々そのソングリーダーをして頂ける方がいらっしゃらなく、ほとんど3〜4名の方に固定した方でぐるぐると回しながらしていた様な情況でした。また次年度もその辺は大変だろうと思いますけれども、是非ともそのソングリーダーは率先してやって頂ければという様に思います。1年間どうもありがとうございました。以上です。
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6月28日(木) 18:00〜「キャンドルパーティー」
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清水 幸彦 |
ソルトレイクの国際大会に出席中です。 |
宮本 英一 |
大変お世話になりました。 |
大道 光肇 |
お蔭様で娘のリサイタルが無事終了しました。 |
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本日合計 |
本年度累計 |
68,000円 |
1,856,250円 |
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