釧路ロータリークラブ 国際ロータリー第2500地区 Rotary Club of Kushiro

クラブの歴史と伝統

歴  史
釧路ロータリークラブが創立されたのは昭和11年(1936年)で、道内では7番目の誕生である。 日本国内では26番目、世界では4092番目となっている。
国際ロータリーの創立は1905年(明治38)で、それが日本に拡大されたのは、1920年(大正9)の東京ロータリークラブが最初であり、 北海道では1932年(昭和7)の札幌に始まり、昭和8年小樽、9年旭川、函館、10年帯広、11年室蘭、釧路、12年北見の順で主要都市8クラブが誕生した。
チャーターメンバー30名
阿部 長三(木材販売) 新田 八郎(石炭販売)
藤井 利光(ガス供給) 大久保行雄(木材加工) 
橋本 文平(化粧品販売) 長内丑右衛門(外科医)
橋本辰之助(食料品販売) 尾崎 政範(無  尽) 
飯田要次郎(信用組合) 嵯峨  旻(遠洋漁業)
飯田  実(特殊銀行) 嵯峨  久(魚類販売) 
岩堀 氏康(薬品販売) 斉藤 秀三(新  聞)
間瀬 三郎(石炭採掘) 清水 源作(鉄  道) 
森島 靖雄(船  舶) 進藤  毅(仲  仕)
森脇 秀枝(倉  庫) 田淵幸三郎(雑穀販売) 
両角 栄治(商工会議所) 滝本 庄蔵(内科医)
両角 克治(百貨店) 丹羽勝次郎(電力供給) 
村上 祐二(海産輸出) 内田 民治(商業銀行)
本山 英二(米販売) 山下 正渡(鉱油販売) 
南雲 正朔(弁護士) 梁瀬長太郎(酒醸造)

創立時会員は上記の通りで平均年齢は41才と40才をやや上廻る若々しさであった。

昭和13年10月16日に挙行されたチャーターナイト。

将来の発展を期しつつ、ロータリーの習慣や規則を勉強し、ロータリー精神の体得に勉めつつあったが、 時局は支那事変から大東亜戦争へと発展し、当クラブも国内の他クラブ同様国際ロータリーから一時離脱を余儀なくされる。
離脱後は名称を「木曜クラブ」に変更して会合をつづけ、昭和16年(1941)には「釧路職域懇談会」の名のもとにロータリー精神の昂揚に努め、終戦後は 再度「木曜クラブ」名を復活し、1950(昭和25)年9月に札幌ロータリークラブをスポンサーとし、ガバナー代理伊藤豊次氏のもと、仮クラブを結成し10月2日に以って 国際ロータリーに再承認されました。その際のリチャーターメンバーは下記のとおりです。
リチャーターメンバー25名
(太字表記は創立時メンバー)
藤井 利光(ガス供給) 村上 祐二(海産販売)
橋本 雄介(化粧品販売) 村田 一郎(電力供給)
久本 種吉(歯科医) 西村 金蔵(倉  庫)
岩堀 氏康(医薬品販売) 長内丑右衛門(外科医)
泉   功(弁護士) 芹田 栄次(石炭採掘) 
片山 睦三(新聞刊行) 清水 源作(鉄  道)
川崎善之助(製  材) 玉  俊雄(病  院) 
北村藤兵衛(衣料品販売) 田中  玄(埠  頭)
隅  忠彦(製  紙) 田付 寛次(埠  頭) 
栗林定四朗(開  運) 横川 富芳(新聞刊行)
黒田貞次郎(商業銀行) 米内富久司(印  刷) 
三原 正二(商工会議所) 吉田 利和(石炭荷役)
両角 克治(百貨店)  


昭和26年6月19日に挙行されたリチャーターナイト。

その後網走、弟子屈、釧路北、中標津、根室、白糠、厚岸、釧路東、釧路南を相次いで設立し、更に浜中、釧路西、根室西、別海、音別、釧路ベイと道東一円にロータリーの輪はひろがり続けています。
当クラブがスポンサーしたクラブ
1953(昭和28年)11月 網走ロータリークラブ
1957(昭和32年)05月 弟子屈ロータリークラブ
1958(昭和33年)08月 釧路北ロータリークラブ
1958(昭和33年)11月 中標津ロータリークラブ
1959(昭和34年)06月 根室ロータリークラブ
1960(昭和35年)12月 白糠ロータリークラブ(1961年1月承認)
1962(昭和37年)12月 厚岸ロータリークラブ(1963年1月承認)
1971(昭和46年)09月 釧路東ロータリークラブ
1982(昭和57年)06月 釧路南ロータリークラブ
ガバナー輩出
当クラブは、1936年(昭和11年)の創立以来、以下の地区ガバナーを輩出した。(平成28年7月現在)

両角 克治氏 1961-62年(昭和36-37年) RI第350地区
嵯峨  旻氏 1965-66年(昭和40-41年) RI第350地区
清水 幸彦氏 1981-82年(昭和56-57年) RI第250地区
小船井修一氏 2002-03年(平成14-15年) RI第2500地区
※両角氏は釧路北RCに移籍